DX導入事例は、企業名や業界別に眺めるより、どの業務の、どの工程から手を付けたかで読むと自社で使えるようになります。公表されている中堅・中小企業の成功事例を業務ごとに並べると、1つの業務に絞って始め、データをそろえ、成果を測ってから広げるという着手の順番が共通しています。以下では、事例を4つの観点で読み解き、そのまま真似してよい範囲と、自社の条件で読み替える範囲を分けたうえで、最初の1業務を選ぶ手順までを示します。

この記事の事例と制度の情報は2026年9月時点のものです。最新の内容は経済産業省のDXセレクションのページでご確認ください。

DXとデジタル化の違いを先に押さえる

事例を読む前に、言葉の違いを1つだけ押さえておきます。デジタル化とは、紙の書類や手作業を、アプリやシステムでの処理に置き換えることです。 DXは、その先で業務プロセスや働き方、顧客への価値の出し方まで変えることを指します。

紙の点検表をタブレット入力に変えるのはデジタル化です。そのデータで残業を減らし、人の配置や採用の方針まで変えていけばDXになります。公表されている事例の多くも、入口は業務効率化のためのデジタル化で、そこで集まったデータを使って働き方や事業の形を変えています。「DXの例」として紹介される取り組みの多くは、この入口にあたるデジタル化です。

DX導入事例を読むときの4つの観点

事例の紹介文は「〇〇を導入して生産性が上がった」と結果から書かれることが多く、そのままでは自社のどこに当てはめればよいかが分かりません。次の4つの観点に分けて読むと、自社の業務と重ねられます。

観点 事例のどこを読むか 自社に当てはめるときに確かめること
止まっていた工程 紙への記入、転記、待ち時間、属人化など、何が遅れの原因だったか 自社の同じ業務にも同じ止まり方があるか
置き換えた部分 アプリ、クラウド、AIなどで、どの作業を機械に移したか 自社の既存システムや担当者のスキルで扱えるか
人に残した判断 承認、例外の扱い、仕組みの改善を誰が持っているか 自社でその判断を持つ人を名前で決められるか
成果の測り方 何を数えて効果を示したか(作業時間、紙の量、定着率、売上など) 同じ指標の導入前の値を、いま測れるか

4つのうち、紹介文に書かれにくいのが「人に残した判断」です。公表資料は成果を中心に書くため、どこを人が確認し続けているかは読み取れないことが多くあります。事例に書かれていない判断の置き場所こそ、自社で真似るときに決めなければならない部分です。

公表されているDX成功事例を業務別に読む

ここでは、経済産業省が中堅・中小企業のモデルケースとして選ぶ「DXセレクション」の選定企業から、取り組みの内容が公表されている事例を業務ごとに取り上げます。数値はいずれも出典に示されたものです。

現場の書類と点検記録:紙をアプリに移し、現場が自分で直す

山形県の総合建設業、株式会社後藤組(DXセレクション2025グランプリ)は、紙で扱っていた安全書類やチェックリストを、ノーコードツールのkintoneでアプリにし、タブレット入力に統一しました。止まっていたのは、現場で紙に書いたものを事務作業として処理する工程です。この取り組みで紙の使用量を60%減らし、残業時間を21.1%(1人あたり年間約76.8時間)減らしたとされています。

人に残した判断として読み取れるのは、アプリを作って直す役を、現場の社員自身が持っている点です。専任のDXチームは技術面の支援に回り、デジタルに不慣れな社員でも使いやすいように画面の改善を重ねています。顔認証を使った勤怠管理アプリも自社で作り、労働時間の上限規制への対応に使っています。成果は紙の量と残業時間という作業量の指標に加え、新卒社員の3年後の定着率(64.3%から83.3%)という人の指標でも示されています。

報告書の作成:人手が足りない職種で書類仕事を減らす

福岡県北九州市で訪問介護ステーションを運営するプーラビダ株式会社(DXセレクション2026グランプリ)は、看護師の人手不足が続くなかで、報告書業務の自動化を進めました。止まっていたのは、看護師などの専門職が報告書の作成にかけている時間です。一般に、この時間が減れば、専門職が利用者に向き合う時間を増やしやすくなり、働き方にも余裕が生まれます。

成果は、働きやすさと定着率の向上として評価されています。具体的な数値は、経済産業省が公表している選定企業レポートで確認してください。この事例から読み取れるのは、DXの目的を「売上を上げる」だけでなく「専門職が本来の仕事に使える時間を増やす」に置いている点です。人手不足の業務では、この置き方のほうが、現場の協力を得やすくなることがあります。

日報と技能の記録:データ活用で判断を支える

山口県下関市の総合建設業、株式会社コプロス(DXセレクション2025準グランプリ)は、自社で作った日報管理アプリや、社員のスキルを評価して見える化するBIツール(集めたデータをグラフや表で示す道具)を使い、データに基づいて判断する仕組みを作っています。

日報を紙から入力に変えるだけでは、記録の置き場所が変わっただけです。 入力した内容を集計し、人の配置や育成の判断に使うところまで進めて、データ活用になります。同社は自社で蓄えたDXのノウハウを外部に提供する新しい事業も作っています。

事業の仕組みまで変えたDX事例:基幹システムと営業

業務ごとのデジタル化から一歩進んで、基幹システムや売り方そのものを変えた事例もあります。どちらも全社に関わる取り組みで、そのまま真似るより、何を前提にして変えたかを読むと参考になります。

基幹システムと業務プロセス:レガシーシステムの刷新を業務改革と一緒に進める

静岡県浜松市で倉庫業や運送業を手がける浜松倉庫株式会社(DXセレクション2024グランプリ)は、2015年に若手管理職を中心としたDXプロジェクトを始めました。社員の意識改革と、取引先を含めた業務の流れ全体を見直す業務改革を進め、基幹システムの刷新によって生産性を30%向上させたとされています。

ここで読むべきなのは、システムの入れ替えを業務改革と切り離していない点です。古いシステムをそのまま新しいものに置き換えても、業務の手順が変わらなければ効果は小さくなります。レガシーシステムの刷新は、先に業務の流れを見直してから進めると、刷新後の効果が出やすくなります。同社はこの取り組みで、社員の業務改善の力が伸びたことも成果に挙げています。

営業と販売:訪問中心の売り方を、通販と電話・オンラインでの営業に変える

北海道函館市の事務用品・OA機器販売会社、株式会社近藤商会(DXセレクション2025準グランプリ)は、テレワークやペーパーレス化、Webマーケティングを進め、訪問して売る形から通販へと売り方を変えました。電話やオンラインで商談を進めるインサイドセールスを営業の中心に置き、顧客を全国に広げたうえで、売上の増加と人員の削減を両立したとされています。

この事例は、業務効率化の先で事業の形そのものを変えた例です。売り方の転換と並んで、テレワークやペーパーレス化で社内の業務をデジタルで回せる状態を作っている点に目を向けてください。通販やオンラインでの営業に切り替えるなら、注文や顧客の情報が紙や個人の手元に散らばっていないことが前提になります。

身近なDXの例:中堅・中小企業が最初に選びやすい業務

選定企業の事例は全社に関わる大きな取り組みが多く、すぐに同じことはできません。最初の1業務として選びやすいのは、件数が多く、手順が決まっていて、転記や照合に時間を取られている業務です。どの業種にもある業務で、デジタル化やAIで置き換えやすい工程と、人が判断を持ち続ける工程を並べると次のようになります。

業務 デジタル化やAIで置き換えやすい工程 人が判断を持ち続ける工程
請求書の受け取りと会計への登録 受け取った請求書の読み取りと、会計システムへの入力 支払ってよいかの承認と、勘定科目に迷う請求書の扱い
入金の消し込み 入金の明細と請求の一覧を突き合わせ、一致したものを消す 金額や名義が一致しない入金をどう扱うか
受注メールの処理 メールに書かれた注文内容を受注管理へ転記する 在庫や納期の確認が要る注文を受けるかどうか
契約書の確認と管理 自社のひな形との違いを抜き出し、更新期限を台帳で管理する 違いのある条件を受け入れるかどうか
社内からの問い合わせ 規程やマニュアルに答えがある質問への一次回答 規程に書かれていない例外への回答
紙の書類の電子化 スキャンした書類の仕分けと、ファイル名や保管先の振り分け 原本を廃棄してよいかの確認

どの業務でも、機械に移すのは「決まった手順で済む処理」で、人に残すのは「条件に合わないものをどう扱うか」の判断です。表の2列目にあるような工程が、自社のどの業務にどれくらいあるかを数えると、最初の候補が見えてきます。

表の3列目にある判断を誰が持つかを先に決めておかないと、機械が処理した結果を人が全件見直すことになり、作業が減りません。

DXの成功事例に共通する着手の順番

事例ごとに業務も規模も違いますが、進め方を並べると同じ順番が見えてきます。業務を1つに絞り、その業務のデータをそろえ、成果を測ってから次の業務へ広げる順です。

DXの成功事例に共通する着手の順番 業務を1つに絞り、データをそろえ、導入前後を測る。測った結果を見て、広げるか見直すかを人が決める。広げる場合は次の業務へ、見直す場合は対象の業務やデータのそろえ方に戻る。 整理する、機械が処理する 人が判断する 1. 業務を1つに絞る 2. データをそろえる 3. 導入前後を測る 次の業務へ広げる 広げるか見直すか決める 件数が多く手順が決まった業務 紙や個人の手元の記録を集める 作業時間、件数、紙の量など 数字を見て人が決める 同じ型を使い回す 見直す場合は1か2へ戻る
業務を1つに絞り、データをそろえ、導入前後を測ってから、広げるか見直すかを人が数字を見て決めます。

1. 業務を1つに絞る

後藤組の取り組みの中心には、紙の安全書類やチェックリストという、現場で日々発生する書類の置き換えがあります。最初の業務は、件数が多く、効果が毎日目に見えるものを選ぶと、使う人が変化を実感でき、次の業務へ広げるときの説得材料になります。全社の業務を一度に変えようとすると、どこで効果が出たのかが分からなくなります。

2. データをそろえてから仕組みを変える

コプロスの日報や後藤組の点検記録のように、紙や個人の手元にあった記録を入力に変えると、はじめて集計できるデータが残ります。浜松倉庫も、基幹システムの刷新を業務改革と一緒に進めています。刷新の前に、どのデータを誰がどこで入力するかを決めておくと、新しいシステムにそろったデータが残ります。データがそろわないうちにAIや分析の仕組みを入れても、読ませる材料が無いため動きません。

3. 導入前に測り、数字を見てから広げる

事例で示されている成果の指標を並べると、作業量、人、事業の3種類に分かれます。

指標の種類 事例で使われている指標 自社で導入前に測っておくもの
作業量の指標 紙の使用量、残業時間(後藤組)、生産性(浜松倉庫) 対象業務の月あたりの件数と、1件にかかる作業時間
人の指標 新卒社員の3年後の定着率(後藤組)、定着率(プーラビダ) 対象部署の残業時間と、直近の離職の状況
事業の指標 売上と人員(近藤商会) 対象業務が関わる売上や、顧客の数

数値で成果を示せている事例は、導入前の値を持っていたから変化を示せています。IPAの「DX動向2025」では、DXの成果を測る指標を設定している日本企業は3割以下でした。導入前の値を測らずに始めると、後から効果を示せず、次の業務へ広げる予算が通りません。 最初の1業務では作業量の指標から測り始め、人や事業の指標は広げる段階で加えるのが現実的です。

成功企業の共通点:経営の関与、内製化、人材育成

着手の順番とは別に、事例の企業には進め方を支える体制にも共通点があります。

経営者が目的を言葉にし、発信し続けている

後藤組では社長自身が「全員DX」を掲げて発信を続け、浜松倉庫の社長は「『X』が重要で、『D』はあくまで手段」と表彰式で述べています。経営者が決めているのは、ツールの選定ではなく、何のために変えるかという目的です。目的が決まっていれば、現場は業務ごとに手段を選べます。

内製化:仕組みを直せる人を社内に置く

後藤組は専任のDXチームを置き、現場の社員がノーコードツールで業務アプリを作って直せる体制にしています。コプロスも日報管理アプリを自社で作っています。すべてを社内で作る必要はありませんが、業務に合わせて仕組みを直せる人が社内にいることが、使われ続ける条件になっています。外注に任せきりにすると、業務が変わるたびに改修を依頼することになります。

人材育成:学ぶ仕組みを業務の中に作る

後藤組は、勉強会で成績が最も低かった社員が次回の講師を務める仕組みや、社内認定資格、奨励金を設けています。浜松倉庫は若手管理職を中心にプロジェクトを始め、社員の業務改善の力を伸ばしました。研修を一度受けて終わりにせず、学んだことを自分の業務で使う場を作っている点が共通しています。

事例をそのまま真似してよい範囲と、自社の条件で読み替える範囲

事例のすべてを真似しようとすると、予算も期間も合いません。真似してよい部分と、読み替えが要る部分を分けます。

事例のどこを見るか そのまま真似してよいか 自社で読み替えるときの見方
着手の順番 真似してよい 業務を1つに絞り、データをそろえ、測ってから広げる順は規模に関係なく使える
置き換えた業務の性質 真似してよい 件数が多く、毎日発生し、効果が目に見える業務という条件は共通して使える
使ったツール 読み替える 自社の既存システムとつなげるか、社内に設定できる人がいるかで選び直す
成果の数値 読み替える 規模や件数が違うため、事例の数値を目標にせず、自社の導入前の値と比べる
かけた期間 読み替える 全社の変革は年単位。1業務の置き換えは、件数とつなぐシステムの数から見積もる
体制 読み替える 専任チームを置けない場合は、兼任でも業務を変えてよいかを決める人を先に決める

真似してよいのは進め方の型で、読み替えるのは手段と数字です。とくに成果の数値は、事例の「残業21.1%削減」のような値を自社の目標にすると、条件が違うため外れたときに取り組み自体の評価が下がります。自社の導入前の値を測り、そこからどれだけ減ったかで判断してください。

最初の1業務を選ぶ手順

事例の読み方を自社に当てはめ、最初に着手する業務を決めます。

  1. 部署ごとに、件数が多く手順が決まっている業務を3つずつ書き出す。「請求書を受け取って会計に登録する」のように、始まりと終わりが分かる単位で書く
  2. 書き出した業務ごとに、月あたりの件数と、1件にかかる作業時間を記録する。これが導入前の値になる
  3. 各業務を工程に分け、紙への記入、転記、照合、待ち時間のどれで止まっているかに印を付ける
  4. 印を付けた工程のうち、決まった手順で済むものと、人の判断が要るものを分け、人の判断を誰が持つかを決める
  5. 件数が多く、判断を持つ人を名前で決められ、2で導入前の値を測れた業務を1つ選ぶ

5の条件のうち、判断を持つ人が決まらない業務は、効果が大きく見えても後回しにします。業務を変えてよいかを決める人がいないと、試しに動かしたあとで本番に進めません。最初の業務では、効果の大きさより最後まで進められるかを優先してください。

まとめ:DX導入事例は業務と工程で読み、1業務から測って広げる

  • デジタル化は紙や手作業の置き換え、DXはその先で業務プロセスや事業の形まで変えること
  • DX導入事例は、止まっていた工程、置き換えた部分、人に残した判断、成果の測り方の4つで読む
  • 公表されている成功事例は、現場の書類、報告書、基幹システム、営業、日報など業務ごとに読むと自社と重ねやすい
  • 着手の順番は、業務を1つに絞り、データをそろえ、導入前後を測ってから広げる
  • 経営が目的を言葉にし、仕組みを直せる人を社内に置き、業務の中で人材育成を続けている点も共通している
  • 真似してよいのは進め方の型で、ツール、成果の数値、期間、体制は自社の条件で読み替える

Augueでは、業務の棚卸しから最初の1業務の選定、導入前の測定、AIエージェントの設計と社内への引き継ぎまでを、社内に仕組みが残る形で支援しています。ご興味がある方は是非ご相談ください。

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よくある質問

DXの導入には、どれくらいの期間がかかりますか?

全社の変革まで含めると年単位になります。浜松倉庫は2015年にDXプロジェクトを始め、2024年にDXセレクションのグランプリに選ばれました。一方、1つの業務で紙や転記をなくす取り組みなら、期間はもっと短く見積もれます。目安を出すには、対象業務の月あたりの件数、つなぐシステムの数、試しに動かす期間を何週間取るかの3つを先に決めてください。

費用の目安はいくらくらいですか?

一律の金額は出せません。既製のクラウドサービスを使う場合は利用人数に応じた月額が中心になり、既存の基幹システムとつなぐ作り込みが入ると初期費用が大きく増えます。見積を取る前に、対象業務の件数と作業時間、つなぐ先のシステム、自社で設定や改修を担える人がいるかを整理しておくと、各社の見積を同じ条件で比べられます。

DX認定やDXセレクションは、自社の取り組みと関係がありますか?

DX認定は、デジタルで自社の事業を変える準備ができている状態(DX-Ready)を国が認める制度で、取得に費用はかかりません。認定を受けると日本政策金融公庫の低金利融資などの金融支援を使えるほか、DXセレクションへ自薦で応募できるようになります。認定の申請書を書く過程で、経営の方針や成果の指標を言葉にすることになるため、社内の整理にも使えます。

大企業の事例は、中堅・中小企業の参考になりますか?

全社の基幹システムを入れ替えた話は、予算も体制も違うのでそのままでは使えません。ただし、どの業務で何が止まっていたか、何を数えて効果を示したかという部分は、規模に関係なく使えます。大企業の事例を読むときも業務単位に分けて読み、自社にある業務と重なる部分だけを拾うと参考にできます。