「何をやっているか」の一覧が無いまま検討が始まる
AI化の話は、たいてい対象業務を決めるところで止まります。候補を出そうとしても、自社の業務を一覧で持っている人がいないためです。組織図には部署名と人数が載っていますが、そこで実際に何が行われているかは書かれていません。役割分担の資料も、書かれた当時の想定が残っているだけで、いま時間を使っている作業とはずれています。
一覧が無いまま検討を進めると、声の大きい業務から候補に挙がります。担当者の負担感が強い業務は話に出やすく、静かに毎日繰り返されている転記作業は誰も挙げません。件数を数えると後者のほうが時間を食っている、ということが起こります。
棚卸しは、この状態を解くための作業です。ここで作るのは業務一覧と業務フロー図の2つで、どちらも次の判断のための材料です。どの業務をAI化するかの判断そのものは 生成AIの内製化は最初にどの業務から始めるか で扱っているため、この記事は材料の作り方に絞ります。
材料になる記録を集める
棚卸しをゼロから始める必要はありません。多くの場合、材料はすでに社内にあります。打ち合わせの文字起こし、既存のマニュアルや手順書、担当者へのアンケートの3つです。
それぞれ取れるものが違います。1種類だけで済ませようとすると、抜けたまま先へ進みます。
| 材料 | 取れること | 取れないこと |
|---|---|---|
| 打ち合わせの文字起こし | 例外の扱い、詰まっている箇所、部署間の受け渡しの実態 | 発生件数や所要時間などの数字。話に出た業務しか拾えない |
| 既存のマニュアル・手順書 | 正常な流れの手順、使っているシステムの名前、書式 | 書かれた後に変わった部分。手順書に無い運用 |
| 担当者へのアンケート | 網羅性。件数や所要時間の自己申告値 | 書き手ごとの粒度のばらつきが最も大きい |
文字起こしは、ヒアリングを録音していれば得られます。会議の記録を業務の材料として使うときは、決まったことと持ち帰りが混ざっているため、先に整理しておくと扱いやすくなります。整理の手順は 議事録から宿題を切り出してタスク化する で扱っています。
手順書は、古いものでも捨てません。書かれている手順といまの運用の差そのものが、確認すべき箇所を教えてくれます。「この手順書のこの部分、いまもこの通りですか」と聞くほうが、白紙から聞くより早く実態が出ます。
アンケートは、質問を絞ります。項目を10個並べると回答率が落ち、埋まっていない欄が増えます。最初は業務名と発生頻度だけにして、残りはヒアリングで埋める形にすると集まります。
業務一覧で揃える6つの項目
集めた記録から作る業務一覧は、次の6項目に固定します。項目を増やしたくなりますが、増やすほど埋まらない欄が出て、比べられなくなります。
| 項目 | 何を書くか | 後の判断でどう使うか |
|---|---|---|
| 業務名 | 担当者が普段呼んでいる名前 | 現場と話すときに通じる言葉を残す。言い換えると確認が進まない |
| 担当部署 | 実際に手を動かす部署。複数なら全部 | 部署をまたぐ業務は合意に時間がかかるため、着手の順序に効く |
| 発生頻度 | 日次、週次、月次、または月あたりの件数 | 所要時間と掛けて工数の大きさを出す |
| 1件あたりの所要時間 | 最短と最長の幅で押さえる | 幅が大きい業務は例外が多いと読む |
| 使っているシステム | 画面名やファイルの置き場所まで | 出入り口が無いシステムは、自動化の設計が変わる |
| 判断が入る箇所 | 手順のどこで人が決めているか | AIに任せる範囲と人が残る範囲の境目になる |
業務名は、担当者の言葉のまま書きます。整った名前に直したくなりますが、直すと後の確認で「そんな業務はやっていない」と言われます。
発生頻度と1件あたりの所要時間は、この2つが揃って初めて意味を持ちます。片方だけでは並べ替えられません。所要時間は幅で押さえます。「5分から40分」と書かれた業務は、平均を出すより、なぜ40分かかる回があるのかを聞くほうが有益です。
使っているシステムは、名前だけでなくどの画面かまで書きます。同じシステムでも、画面から手で入力しているのか、ファイルを取り出せるのかで後の設計が変わります。
判断が入る箇所は、6項目の中で最も埋まりにくく、最も後で効きます。「確認する」「チェックする」と書かれている工程は、何を見て何と比べているかまで聞き出します。ここが書けない業務は、手順としてまだ書き出せていない状態です。
粒度がばらつく原因と、揃える順序
棚卸しでいちばん崩れるのは粒度です。同じ一覧に「経理業務」と「受け取った書類の日付を管理表へ転記する」が並ぶと、件数も所要時間も比べられません。
原因は、人によって「業務」と呼ぶ単位が違うことにあります。管理する側は部署の役割の単位で呼び、手を動かす側は1件と数えられる単位で呼びます。どちらが正しいというより、最初から揃うことがありません。
そこで、揃える作業を洗い出しの後ろに置きます。順序を逆にすると、粒度の定義を先に説明することになり、説明が伝わらないまま各部署がばらばらの単位で書いて戻ってきます。
- 部署ごとに、その部署の言葉のまま洗い出す(この段階では粒度を気にしない)
- 全部署の分が揃ってから、同じ粒度へ寄せる
- 寄せた結果を、担当者にもう一度見せて確認する
寄せる基準は「担当者が1件と数えられるか」です。1件の始まりと終わりを担当者が言えるなら、その粒度で件数も所要時間も測れます。言えない場合は、複数の業務が1つの名前でまとめられています。
粒度がずれている行は、見分けがつきます。
| ずれている兆候 | 見分け方 | 直し方 |
|---|---|---|
| くくりが大きすぎる | 所要時間が「日による」としか書けない | 中で何回か区切れる箇所を探し、区切りごとに分ける |
| 細かすぎる | 1件あたりが1分未満で、単独では発生しない | 前後の作業と1つにまとめ、まとまりで数える |
| 別々の業務が同じ名前 | 担当部署の欄に複数の部署が並び、手順が食い違う | 部署ごとに別の行に分ける |
| 同じ業務が別の名前 | 使っているシステムと判断が入る箇所がほぼ同じ | 件数の多い側の呼び名に寄せ、別名を併記する |
業務フロー図はテキストで先に書く
フロー図を作図ソフトで描き始めると、時間の多くが配置と線の整形に消えます。図の見た目が整うほど確認しづらくなる、ということも起こります。きれいな図を前にすると、担当者は細かい違いを指摘しにくくなります。
先にテキストで書きます。Mermaidのような記法を使えば、工程と分岐を文字だけで表現できます。
flowchart TD
A[申請を受け取る] --> B{必要な書類が揃っているか}
B -- 揃っていない --> C[申請者へ差し戻す]
B -- 揃っている --> D[内容を管理表へ登録する]
D --> E{金額が上限を超えるか}
E -- 超える --> F[部門長の承認を得る]
E -- 超えない --> G[担当者が処理する]
F --> G
テキストで書く利点は3つあります。記録から下書きを生成しやすいこと、差分が読めること、そして分岐の抜けが目で見つかることです。条件の行が1本しか無い分岐は、もう片方の経路が書かれていません。図として描いていると、この抜けは線の少なさとして現れるため気づきにくくなります。
確認するのは見た目ではなく、次の3点です。
- 分岐の条件が言葉になっているか。 「内容を確認する」ではなく、何を見て、どちらへ進むかが書かれているか
- 受け渡しの相手が書かれているか。 部署をまたぐ箇所で、誰から誰へ何が渡るかが特定できるか
- 例外の行き先があるか。 差し戻し、保留、期限切れの経路が本線と同じ図に載っているか
このうち抜けやすいのは3つ目です。ヒアリングでは正常な流れが語られ、例外は「たまにあります」で流れます。ところが実際の工数は例外の処理に食われていることが多く、AI化の設計もここで決まります。
図として整えるのは、内容が確定してからで足ります。共有のために見た目が必要になった段階で、テキストから起こせば済みます。
AIに任せる範囲と、担当者が確認する範囲
棚卸しでAIが効くのは、記録から下書きを作るところと、集まった記述を同じ形に整えるところです。実態と合っているかの確認は業務担当者が行います。この線は最初に引いておきます。
| 工程 | AIに任せる | 担当者が確認する |
|---|---|---|
| 記録の読み取り | 文字起こしと手順書から業務名の候補を抜き出す | 名前が普段の呼び方と合っているか |
| 項目の下書き | 6項目のうち記録に書かれている欄を埋める | 埋まった値が実態と合っているか |
| 欄の整形 | 頻度の表記を「月20件」の形へ揃える | 換算の前提が正しいか |
| 粒度の候補出し | 大きすぎる行、重複していそうな行を指摘する | 分けるか、まとめるかの決定 |
| フロー図の下書き | 記録の順序どおりにテキストの図を書く | 分岐の条件と受け渡しの相手 |
| 抜けの指摘 | 片側しか書かれていない分岐、行き先の無い経路を挙げる | 実際にその経路があるか |
AIに埋めさせてはいけないのは、記録に書かれていない値です。所要時間や件数の欄が空のとき、それらしい数字が入っていると、そのまま一覧が確定します。後で工数の順位づけに使う値なので、空欄は空欄のまま残し、誰に聞けば埋まるかを併記する形にします。
判断が入る箇所の欄も同じです。手順書に「確認する」としか書かれていない工程について、確認の内容をAIが補うと、書き出せていない判断が書き出せたことになってしまいます。ここを取り違えると、AI化できる業務の見込みが実際より大きく出ます。
担当者の確認は、一覧全体を通しで見せるより、その人が担当する行だけを抜いて見せるほうが返答が早く、指摘も具体的になります。確認で直った箇所は記録しておきます。同じ種類の直しが繰り返されるなら、下書きの作り方に反映させます。
工数の大きい業務から候補を絞る
一覧が揃うと、初めて並べ替えができます。順位を決めるのは、発生頻度と1件あたりの所要時間を掛けた値です。月100件で1件10分の業務は月あたり1,000分、月4件で1件2時間の業務は月480分になります。1件の重さと、合計の重さは別です。
並べたうえで、上位の行について次を見ます。
- 使っているシステムからデータを取り出せるか。取り出せないなら、自動化の前に入り口の整理が要ります
- 判断が入る箇所がいくつあるか。多い業務は、下書きまでを任せて判断を人が持つ形になります
- 部署をまたぐ受け渡しがあるか。またぐ業務は、進めるのに複数部署の合意が要ります
ここから先、どれを最初の1本に選ぶか、どの業務を最初は外すかの基準は 生成AIの内製化は最初にどの業務から始めるか にまとめてあります。棚卸しの一覧がそのまま候補一覧として使えるため、続けて読むと判断まで進みます。内製化そのものをどう進めるかの全体像は 生成AI・AIエージェントの内製化の進め方 を参照してください。
並べ替えに使った頻度と所要時間は、後で効果を測るときの出発点にもなります。導入前の値として記録を残しておくと、削減できた時間を後から積み上げられます。測り方は AI導入の効果測定と効果検証 で扱っています。棚卸しの時点で記録しておかないと、導入後に「前はどれくらいかかっていたか」を思い出しで答えることになります。
棚卸しを一度きりで終わらせない
作った一覧とフロー図は、放っておくと半年で実態からずれます。使うシステムが変わり、担当が変わり、業務が別の部署へ移るためです。ずれた一覧を元にAI化の対象を選ぶと、動かした後で前提が違っていたことに気づきます。
全部を定期的に見直す必要はありません。上位に並んだ業務、つまりこれから手を付ける対象だけを最新に保てば足ります。更新のきっかけは、システムの入れ替え、担当の交代、業務の移管の3つに絞ると、日付で区切るより続きます。
まとめ:業務棚卸しをAIで進めるときの要点
- 材料は文字起こし、既存の手順書、アンケートの3つを組み合わせる。1種類だけでは抜ける
- 業務一覧は業務名、担当部署、発生頻度、1件あたりの所要時間、使っているシステム、判断が入る箇所の6項目に固定する
- 粒度は先に定義せず、部署ごとに洗い出してから「担当者が1件と数えられる単位」へ寄せる
- フロー図はテキストで先に書き、分岐の条件、受け渡しの相手、例外の行き先を確かめる
- AIに任せるのは下書きと整形まで。記録に無い数字を埋めさせず、実態との照合は担当者が行う
- 頻度と所要時間で並べたら、対象を選ぶ判断へ進む。並べ替えに使った値は効果測定の出発点になる
Augueでは、業務の棚卸しから対象業務の選定、その後の実装と社内への定着まで、部署単位でも全社でも支援しています。どこから洗い出すかが決まらない段階からお手伝いできますので、ご興味がある方は是非ご相談ください。
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洗い出した候補から最初の1本を選ぶ基準は 生成AIの内製化は最初にどの業務から始めるか、内製化の全体の進め方は 生成AI・AIエージェントの内製化の進め方、打ち合わせの記録を整理する仕組みは 議事録から宿題を切り出してタスク化する を参照してください。
よくある質問
業務の棚卸しにはどれくらいの期間がかかりますか?
一律の日数は出せません。かかる時間は部署の数と、1部署あたりで話を聞く回数でほぼ決まるためです。見積もる材料になるのは、最初の1部署を通してみたときの実績です。ヒアリングから一覧の確定までに何時間かかり、担当者の確認で何件直ったかを記録しておくと、残りの部署の所要を掛け算で見込めます。全部署を同時に始めるより、1部署で手順を固めてから広げるほうが結果的に早く終わります。
業務可視化の専用ツールを入れる必要はありますか?
最初は表計算ソフト1枚とテキストファイルで足ります。専用ツールが効くのは、書いた内容を更新し続ける段階に入ってからです。棚卸しが一度きりで終わると、ツールの中に古い図だけが残ります。導入を検討するなら、更新の担当と更新のきっかけが決まった後にすると、費用に見合うかを判断しやすくなります。
文字起こしも手順書もほとんど残っていない場合はどう始めますか?
短いアンケートから始めます。「先週やった仕事を、始まりと終わりが言える単位で5つ書いてください」といった聞き方にすると、書式が無くても集まります。集まった回答をAIに整理させて業務名の候補を作り、それを叩き台にヒアリングへ進みます。何も無い状態で打ち合わせを設定するより、候補一覧を見せて過不足を指摘してもらうほうが、参加者の負担も少なくなります。
棚卸しの結果は誰が持ち、どう更新しますか?
部署ごとに持ち主を1人決めます。全社で1人が抱えると、変更を知る手段が無くなります。更新のきっかけは日付ではなく出来事に紐づけるほうが続きます。使うシステムを入れ替えたとき、担当が変わったとき、業務が別部署へ移ったときの3つを更新の合図にしておくと、棚卸しの内容と実態のずれが広がりにくくなります。
