導入前に取っておくベースライン
生成AIの効果を金額で説明できるかどうかは、導入後の集計より前に決まります。ツールを配って利用を促す形で入ると、後から手元に残るのはアカウント数とログイン回数だけで、どちらも費用が減ったかどうかを示しません。比較する相手が残っていないため、次の予算を申請する段で削減額を出そうとして詰まります。
順序としては、対象業務を先に決め、その業務の現状を数字で押さえ、導入後に同じ数字を取り直します。ベースラインは導入前しか取れないため、少なくとも次の4つを対象業務ごとに記録しておきます。
| 取る項目 | 取り方 | 後で何に使うか |
|---|---|---|
| 件数 | 月あたりの処理件数 | 削減時間を計算する起点 |
| 1件あたりの所要時間 | 代表的な10件程度を実測する(記憶による申告は長めにも短めにも振れる) | 導入後との差分 |
| 担当と単価 | 社員か外注か。外注なら単価と月額 | 金額換算(人件費と外注費を分ける) |
| 品質の水準 | 差し戻しの発生率、やり直しの回数 | 速度の改善が相殺されていないかの確認 |
所要時間は全件を計る必要はなく、代表的な10件程度を実際に計測するだけでも後の換算の精度が変わります。定例で繰り返す業務では、1件あたりの時間をさらに工程ごとに分けておくと、どの工程が置き換わったのかまで説明できます。工程を分けて測った例は 広告運用のレポート作成をAIで自動化する で扱っています。
品質を入れておく理由は、処理が速くなっても差し戻しが増えていれば効果が相殺されるためです。速度だけを見ていると、この相殺に気づけません。
すでに導入が進んでいて、導入前の数字が無い場合
いまの状態から取り直します。同じ業務を従来の手順で処理している分が残っていれば、その所要時間をそのまま実測します。全件がAIを通っている場合は、AIを使わずに処理したときの時間を代表数件で計り直します。手間はかかりますが、稟議で根拠を問われたときに残るのはこの実測値のほうです。記憶や推定で過去の所要時間を置くと、金額を出したあとで数字の出どころを聞かれた段に説明が崩れます。
取り直しの実測は、削減額を出したい業務に絞って構いません。全業務で揃えようとすると着手が遅れ、そのあいだ効果は説明できないままになります。
削減額の計算に使う利用状況の数字
削減額の計算に要る利用状況は、多くありません。AIを通した処理件数と、それが対象業務の全件に占める割合、つまり対象業務での利用率の2つです。分母を全社の業務量にすると数字が薄まって動きが読めなくなるため、分母は対象業務に限定します。この2つは業務システムの処理履歴や台帳から拾えることが多く、生成AIの管理画面を開かなくても揃う場合があります。
継続の判断で使う定着した人数は、対象業務の担当者のうち直近1か月に継続して使った人数です。試しに触った人まで数えると初月だけ高く出るため、継続の定義(週1回以上など)を先に決めておきます。
一方で、誰が使っていて誰が使っていないのか、部署ごとに定着しているのかは、削減額の計算とは別の測定です。取るログも、指標の定義も、月次で並べる形も変わります。そちらは 生成AIが社内でどれだけ使われているかを測る にまとめてあるため、部署別に手を入れる段階へ進むときはそちらを参照してください。この記事では、以降は削減額と投資判断だけを扱います。
削減額を積み上げる手順
ベースラインと利用状況が揃っていれば、削減額は次の手順で出せます。計算は1業務ずつ、月単位で行います。複数の業務をまとめて計算すると、後から分解できず、どの業務が効いているのかに答えられなくなります。
手順1〜3:件数と時間を揃える
- 対象業務を1つに決める。 同じ業務でも、扱う案件の種類によって1件あたりの時間が大きく違う場合は、そこまで分けます。平均値でまとめると、時間のかかる案件がAIを通っていないことに気づけません。
- 月あたりの処理件数を数える。 業務システムの処理履歴や台帳から拾います。繁閑の差が大きい業務では、直近3か月の平均と、最も少なかった月の両方を出しておきます。少ない月でも費用を上回れるかどうかが、後の継続判断で効いてきます。
- 1件あたりの時間を導入前後で揃える。 導入後の時間には、人が出力を確認して直している時間を含めます。AIの処理が速くても、見直す工程が残っているならそこまでが実際の所要時間です。確認を含めずに出した数字は現場の実感と合わず、報告そのものが信用されなくなります。
手順4〜6:時間を金額に直す
- 削減時間を出す。 処理件数 ×(導入前の1件あたり時間 − 導入後の1件あたり時間)で計算します。件数はAIを通した分だけを使います。対象業務の全件で計算すると、まだ従来の手順で処理している分まで削減したことになります。
- 単価をかける。 社員が処理していた業務なら人件費(給与に間接費を含めた時間単価)、外注に出していた業務なら外注単価を使います。この2つは分けて集計します。混ぜると、結局いくら払わなくてよくなったのかに答えられません。
- 運用費用を引く。 ライセンス費用、API利用料、社内で保守にかけている時間を金額に直したものを足し、削減額から引きます。この差引が、投資判断で見る数字です。
数字の並べ方は次のようになります。値は手順を示すための仮のもので、実績ではありません。
| 項目 | 仮の値 | 出し方 |
|---|---|---|
| 月あたりの処理件数 | 300件 | 業務システムの処理履歴から数える |
| うちAIを通した件数 | 180件 | 対象業務での利用率60%。分母は対象業務に限定する |
| 導入前の1件あたり時間 | 20分 | 導入前に代表10件を実測(ベースライン) |
| 導入後の1件あたり時間 | 8分 | 人が確認・修正する時間を含めて実測 |
| 削減時間 | 月36時間 | 180件 ×(20分 − 8分) |
| 時間単価 | 3,000円 | 給与に間接費を含めた社内の時間単価 |
| 削減額 | 月10.8万円 | 36時間 × 3,000円 |
| 運用費用 | 月4万円 | ライセンス費用+保守にかけた時間の金額換算 |
| 差引 | 月6.8万円 | 削減額 − 運用費用 |
同じ表を導入前の列と並べて毎月更新すると、どの行が動いて差引が変わったのかが追えます。件数が増えたのか、1件あたりの時間が縮んだのか、利用率が上がったのかで、次に打つ手が違います。
手順7:空いた時間の行き先を書く
外注費の削減は、社内の作業時間の削減より説明が通りやすい指標です。発注をやめた分がそのまま支出の減少として現れます。一方で社内の作業時間は、削れた分が別の作業に吸収されると支出が減りません。金額として主張する場合は、空いた時間を何に振り替えたかを併記しておくと、後から差し戻されずに済みます。
振り替え先は、増員を見送った、外部への発注を減らした、これまで手が回っていなかった業務に充てた、といった形で書けます。書けない場合は、削減時間までを実績として報告し、金額換算は外注費の分だけに絞るほうが安全です。
報告に出す前に確かめること
計算そのものより、前提の置き方で数字が崩れます。次の4点は、稟議の場で必ず聞かれます。
- 単価を高く置いていないか。 役職の高い人が処理していた業務でも、平均的な時間単価で計算しておくほうが、指摘を受けたときに数字が生き残ります
- 1か月の数字を12倍していないか。 繁忙期を含む月を年換算すると過大になります。少なくとも3か月分を並べてから年額に直します
- 費用を取りこぼしていないか。 ライセンス費用だけでなく、保守や問い合わせ対応にかけている社内の時間も費用です。複数の業務で同じ契約を使っているなら、処理件数の比で割り振ります
- 部分的にしかAIを通していない件数を、全件として数えていないか。 一部の工程だけ使っている場合は、その工程の時間だけを差分に入れます
削減計画を全社の規模で立てる手順は 企業のAIネイティブ化の進め方 で扱っています。
効果が出ないときの切り分け
数字が伸びないとき、原因は業務側とAI側のどちらかにあります。混同したまま改善に入ると、精度を上げる作業に時間を使ったのに定着しないという結果になりがちです。
業務側の問題を示すサインは次のようなものです。
- 利用率は低いが、使われた分の出力はそのまま通っている
- 一部の担当者だけが使い、他は従来の手順のまま
- 使うと二重作業になる(従来のシステムへの入力が別に残っている)
- 対象業務の件数がもともと少なく、手順を覚える手間に見合わない
この場合はAIを直しても変わりません。従来の作業を手順から抜く、入力の経路を1つにする、対象業務を件数の多いものへ変える、といった対応になります。
AI側の問題を示すサインは次のようなものです。
- 使われてはいるが、出力の修正率が高い
- 特定の入力パターンで毎回失敗する
- 例外的なケースが想定より多く、人の判断が毎回入る
ここは修正内容を記録すると原因が絞れます。指示の書き方に修正が集まっているのか、参照している社内情報が足りていないのか、判断を含む業務に対して任せる範囲を広げすぎたのか。判断を含む業務では、範囲を狭めて定型の部分だけに絞り直すほうが早く数字が動くことがあります。
切り分けの目安として、利用率と修正率を並べて見ます。
継続・中止を決めるライン
3か月程度を1区切りにして判断します。区切りに入る前に、どの数字がどうなったら続けるのか、どうなったら止めるのかを書いておきます。後から決めると、費用をかけた分だけ続けたくなる方向へ基準が動きます。
拡大は、対象業務で利用率と定着人数が伸びており、金額換算した削減額が運用費用を上回っている状態です。ここまで来たら、隣接する業務へ対象を広げる段階に入ります。
継続は、削減額が費用を上回っていないものの、利用率か定着人数が上向いている状態です。伸びている要因が説明できるなら期限を決めて続けます。期限を決めずに続けると、判断する機会そのものがなくなります。
作り直しを検討するのは、業務側の問題が特定できていて、手順や対象業務を変えれば数字が動くと見込める場合です。作り直しは対象業務の選び直しから始めます。同じ業務で作りだけを変えても、件数が少ないという原因は解消しません。
中止の判断ラインは、2区切り(およそ6か月)続けても利用率が上がらず、原因も特定できていない状態です。撤退を決めても、ベースラインの記録と定着しなかった理由の整理は残ります。次の対象業務を選ぶときの材料になるため、この2つは文書として残しておきます。
| 判断 | 状態 | 次の動き |
|---|---|---|
| 拡大 | 利用率と定着人数が伸び、削減額が運用費用を上回っている | 隣接する業務へ対象を広げる |
| 継続 | 削減額は費用を下回るが、利用率か定着人数が上向いている | 伸びている要因を説明したうえで、期限を決めて続ける |
| 作り直し | 業務側の原因が特定できており、手順や対象を変えれば動くと見込める | 対象業務の選び直しから始める |
| 中止 | 2区切り(およそ6か月)伸びず、原因も特定できていない | ベースラインと定着しなかった理由を文書で残す |
判断は対象業務ごとに行います。全社のAI導入としてまとめて可否を決めると、1つの業務が伸びなかったことを理由に、伸びていた業務まで一緒に止まります。
初期の構築費用は、この判断とは分けて置きます。月ごとの差引に按分すると、運用として毎月黒字で回っているのかと、初期に払った分を取り戻せたのかが混ざります。回収までの月数は「初期費用 ÷ 月ごとの差引」で別に出し、拡大の可否を決めるときに併せて見ます。改善を社内で回し続ける体制の作り方は AI内製化の進め方 を参照してください。
まとめ:削減額の出し方と投資判断で押さえる5点
- ベースライン(件数、1件あたりの所要時間、担当と単価、品質)は導入前しか取れない。取っていなければ、削減額を出したい業務に絞っていまから実測し直す
- 削減額は「AIを通した件数 ×(導入前後の1件あたり時間の差)× 時間単価 − 運用費用」で積み上げる。件数は対象業務の全件ではなく、AIを通した分だけを使う
- 人件費と外注費は分けて集計する。社内の作業時間の削減を金額として主張するときは、空いた時間の振り替え先を併記し、書けないなら削減時間までを実績として報告する
- 数字が伸びないときは、利用率と修正率の組み合わせで業務側かAI側かを切り分ける
- 継続・中止は業務ごとに3か月を1区切りで決める。中止のラインは、2区切り(およそ6か月)伸びず原因も特定できていない状態
Augueでは、対象業務の棚卸しから削減額の算定と次の投資判断までを、導入済みのAIに対しても支援してまいりました。効果の説明に詰まっている段階からでも整理できますので、ご興味がある方は是非ご相談ください。
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部署ごとにどれだけ使われているかを測る手順は 生成AIが社内でどれだけ使われているかを測る、対象業務を選び直すところから設計する場合は 企業のAIネイティブ化の進め方、定例業務で工程ごとに時間を測る例は 広告運用のレポート作成をAIで自動化する、実装まで含めた進め方と見積の考え方は AIエージェント開発の進め方、社内で改善を回す体制は AI内製化の進め方 を参照してください。
よくある質問
導入時にかかった構築費用は、どの月の費用として扱いますか?
月ごとの差引には入れず、別に置いて回収できたかどうかで見ます。毎月へ按分すると、運用として黒字で回っているのかと、初期に払った分を取り戻せたのかが混ざり、どちらの問いにも答えられなくなります。回収までの月数は、初期費用を月ごとの差引で割って出します。
削減した時間は、そのまま金額として報告してよいですか?
外注に出していた業務なら、発注をやめた分が支出の減少として現れるため、そのまま説明できます。社内の作業時間は、削れた分が別の作業に吸収されると支出が減りません。金額として主張する場合は、空いた時間を何に振り替えたかを併記します。
利用状況の数字は、どこから集めればよいですか?
削減額の計算に要るのは、対象業務でAIを通した件数だけです。業務システムの処理履歴や台帳から拾えることが多く、生成AIの管理画面を開かなくても揃う場合があります。誰がどれだけ使っているか、部署ごとに定着しているかまで見るなら、ログの取り方と指標の定義を別に決める必要があります。
効果が出ていないとき、どこから見ればよいですか?
利用率と修正率を並べます。どちらも低ければ業務側の問題で、二重作業が残っていないか、対象業務の件数が少なすぎないかを見ます。利用率が高く修正率も高ければAI側の問題で、指示の書き方、参照している社内情報、任せている範囲を見ます。
判断はどれくらいの期間で行いますか?
3か月を1区切りにします。中止に踏み切るのは、2区切り(およそ6か月)かけても利用率が動かず、原因も絞れていない場合です。可否は業務ごとに決めます。全社のAI導入としてひとまとめに評価すると、伸びている業務まで一緒に止まります。
