発注先を決める前に止まりやすいところ

AIエージェントを入れようという話が出ると、開発会社の一覧を眺めたり、資料請求から始めたりすることが多いと思います。ところが実際に提案を受ける段になると、「どの業務を対象にしますか」「社内のどのデータを読ませてよいですか」「予算はどのくらいですか」といった問いに即答できず、打ち合わせが要件の整理ではなく社内調整の相談になっていきます。

各社の提案がばらつく原因も、多くはここにあります。前提を発注側が示していないと、相手は自社の得意な形に合わせて前提を置きます。結果として、届いた見積は金額も範囲も比較できないものになります。

先に自社で決めておく項目は、多くありません。以下の7点です。技術的な知識はほとんど要らず、社内の情報と判断だけで埋まります。

自社で固める7点と、確認する順番

順番には理由があります。前の項目が決まらないと次の項目を判断できない並びになっているため、上から順に埋めます。

確認項目 決まっている状態とは 決まらないまま発注すると
1. 対象業務 業務名と、月あたりの件数、1件の所要時間が数字で書ける 提案の範囲が会社ごとに変わり、見積を比べられない
2. 読ませてよいデータ 参照させる資料の置き場所と、対象外にする情報の区分が書ける 契約後にデータを出せず、精度が上がらないまま止まる
3. 書き込みを許す範囲 読み取りだけか、下書きの作成までか、確定まで許すかが決まっている 承認の設計が後から入り、作り直しになる
4. 担当を置く部署 業務側の責任者と、システムの権限を持つ担当の名前が挙がる 質問の宛先が無く、検証の途中で進行が止まる
5. 費用の枠 初期費用と月額のそれぞれに上限の見当がある 金額が出てから稟議の可否を探ることになり、判断が遅れる
6. 測る指標 何をどの頻度で測るかと、着手前の値の取り方が決まっている 効果を聞かれたときに感想しか出せない
7. 撤退ライン 止める条件と、判断する時期が数字と日付で書ける 成果が出なくても止められず、費用だけが続く
発注前に自社で決める7点と、次の工程への進み方 業務とデータ、体制と費用、測定と撤退の順に社内で決め、埋まったところで発注先の選定と要件定義へ進む。埋まらない項目があれば前の段階へ戻る。 社内で先に決める 発注先と一緒に決める 1〜3 業務とデータ 4〜5 体制と費用 6〜7 測定と撤退 対象業務を1つに絞る 読ませてよい範囲を引く 書き込みを許す範囲 業務側とシステム側の担当 決裁の経路 初期費用と月額の枠 着手前の値を取る 測る指標と頻度 止める条件と判断の時期 発注先の選定・要件定義 同じ前提で提案と見積を比べる 埋まらない項目があれば戻る
上の3段は社内の情報と判断だけで埋まります。
埋まった状態で発注先の選定へ進むと、各社の提案を同じ前提で比べられます。

7点すべてに完璧な答えを用意する必要はありません。空欄のまま進めるものと、空欄のままでは進めないものを見分けられれば十分です。以下、項目ごとに何を書けば埋まったと言えるかを示します。

1. 対象業務を1つに絞る

最初に決めるのは、どの業務を対象にするかです。複数の候補を並べたまま相談すると、相手は提案しやすい業務を選びます。自社にとって効果の大きい業務とは限りません。

絞り込みは、業務の名前ではなく数字で行います。月あたりの件数、1件あたりの所要時間、担当している人数の3つを書き出すと、候補の順位はおおむね決まります。件数が少なく所要時間も短い業務は、うまく動いても効果が小さく、社内で報告するときに説明が続きません。

もう1つ見るのが、判断のばらつきです。同じ入力に対して担当者が違う結論を出す業務や、個別対応が過半を占める業務は、最初の対象には向きません。仕組みを作っても人の確認が全件に残り、かけた費用に見合わなくなります。この見極め方は「例外処理が多い業務をAIで自動化する」で、例外の数え方から説明しています。候補の並べ方そのものに迷う場合は「生成AI内製化はどの業務から始めるか」が使えます。

この段階で書けていればよいのは、業務名、月あたりの件数、1件の所要時間、関わる人数、そして「この業務のどの工程を減らしたいか」の1文です。

2. 読ませてよいデータの範囲を決める

AIエージェントは、社内の資料を読めなければ社内の基準で判断できません。一方で、何でも読ませてよいわけでもありません。発注前に決めるのは、個別のファイル単位ではなく区分です。

データの区分 判断の材料 発注前に書いておくこと
そのまま読ませてよい 社内で全員が閲覧できる資料。規程、手順書、過去の記録 置き場所と、最新版がどれかを誰が知っているか
条件付きで読ませる 取引先名や金額を含む業務データ 契約上の制約の有無と、伏せる項目
読ませない 人事評価や健康情報など、閲覧者が限られる情報 対象外である旨と、混在している保管場所

区分を先に決めておくと、提案の段階で「その資料は出せません」という話が出にくくなります。逆にここを空欄のまま契約すると、開発が始まってから社内の確認に入り、その間は仮のデータで作ることになります。

あわせて確認するのが、利用するサービス側の扱いです。入力した内容が学習に使われるか、保存先がどこか、管理者がどこまでログを見られるかは、契約前に提供元へ確認できます。社内の審査に出す前提の整理は「生成AIのセキュリティ審査チェックリスト」に項目を挙げています。読ませる資料そのものの下準備については「生成AIに社内データを読ませる前の準備」を参照してください。

3. 書き込みまで許すかを決める

読むだけの仕組みと、社内システムへ書き込む仕組みでは、必要な準備も、失敗したときの影響も変わります。ここは費用にも直結するため、発注前に自社の方針を持っておきます。

段階は3つに分かれます。参照して答えるだけ、下書きや候補を作って人が確定させる、条件を満たすものは確定まで行う、の順に踏み込みが深くなります。最初から3段階目を目指す必要はありません。多くの業務では、2段階目で作業時間の大きな部分が減ります。

判断の材料になるのは、間違いが起きたときに取り消せるかどうかです。社内の管理表への記入なら後から直せますが、社外へ送るものや、入金や在庫に影響するものは取り消しに手間がかかります。取り消せない処理は、条件を絞ったうえで人の承認を挟む前提で考えます。工程ごとの仕分け方は「AIエージェントにどこまで任せるか」、接続方式の選び分けは「AIエージェントを基幹システム・SaaSにつなぐ」にまとめています。

4. 担当を置く部署と、決裁の経路

導入が止まる理由として多いのが、社内の窓口が決まっていないことです。検証中は、業務の細かい条件を確認する質問が毎週のように出ます。その宛先が無いと、開発側は推測で作り、後から作り直すことになります。

必要なのは3つの役割です。業務の手順と例外を答えられる人、社内システムの権限とデータを判断できる人、費用を決裁する人。兼任で構いませんが、名前を挙げられる状態にします。専任を置くべきかどうかも含めた体制の作り方は「社内のAI推進体制をどう作るか」で扱っています。

あわせて決めておくのが、決裁の経路です。いくらまでなら部門で決められるか、どの段階で経営の承認が要るかを先に確認しておくと、見積が出てから手戻りしません。

5. 費用を初期と月額に分けて枠を持つ

「予算はいくらですか」と聞かれて答えを避けると、提案は各社の標準的な構成になります。範囲も金額もそろわないため、比べる作業が難しくなります。

枠は、初期費用と月額を分けて持ちます。初期費用は作るための費用、月額は動かし続けるための費用です。月額には、利用したぶんだけかかるモデルの費用、接続先サービスの契約、そして手直しの作業が含まれます。導入後に想定から外れやすいのは月額のほうです。費用がどの工程に乗るかは「AIエージェント開発の費用の決まり方」に内訳を挙げています。

枠の根拠は、削減できる見込みの金額から逆算します。対象業務の年間の作業時間に人件費の時間単価を掛けた額が上限の目安で、その何割までなら投資するかを決めます。稟議に出す形まで整える手順は「AIエージェント導入の稟議に出す投資対効果の試算」に書いています。

6. 効果を測る指標を、着手前の値とセットで決める

指標は、導入してから考えると手遅れになります。比べる相手である着手前の値は、着手した後では取れないためです。

測るものは、業務の性質によって変わります。件数の多い定型の処理なら1件あたりの処理時間と月間の件数、判断を含む業務なら着手から完了までの日数と差し戻しの回数が使えます。どちらの場合も、人が確認や修正に費やす時間を必ず含めます。ここを数えないと、実際には楽になっていないのに数字だけが良くなります。

出力の正しさをどう判定するかも、指標とは別に決めます。何をもって合格とするかの決め方は「AIエージェントの精度をどう評価するか」、導入後の削減額の積み上げ方は「AI導入の効果測定」を参照してください。

7. 撤退ラインを先に書く

7点目が、最も飛ばされやすく、後から効いてくる項目です。うまくいかなかったときに止める条件を、始める前に書いておきます。

止める判断が遅れるのは、判断の材料が無いからではなく、誰がいつ判断するかが決まっていないからです。「もう少し様子を見る」が続くと、費用と担当者の時間だけが出ていきます。

見るもの いつ判断するか ラインに触れたときの扱い
人の修正が必要だった割合 検証の期間が終わった時点 原因が入力データの整理で直るなら継続、判断の難しさが原因なら対象業務を変える
対象業務の処理時間 本番開始から3か月 着手前の値から変化が無ければ、任せる工程の切り方を見直す
実際に使われた件数 本番開始から3か月 想定の半分に届かないなら、業務手順のどこで使われていないかを確認する
月額の費用 毎月 見込みを超えた月が続くなら、対象を絞るか構成を変える

ラインは数字と日付で書きます。「効果が出なければ」では判断できません。また、止めるという結論だけでなく、対象業務を変える、任せる範囲を狭める、といった選択肢も併せて書いておきます。全体を止めるか一部を作り直すかの切り分けは「生成AIのPoCが進まない原因と、本番化か撤退かの判断」に型を挙げています。

7点が埋まったかを確認してから次へ進む

7点を書き出したら、A4で1枚程度の紙になります。これを持って発注先の選定に進むと、各社へ同じ前提を示せるため、提案の違いが会社の実力の違いとして読めるようになります。提案と見積で何を確かめるかは「AIエージェント開発会社の選び方」にまとめています。

空欄が残った場合は、どの項目が空いているかで次の動きが決まります。1が空いているなら業務の棚卸しへ戻ります。2と3が空いているなら、社内システムの管理者との確認が先です。6と7が空いているなら、書けるようになるまで発注を待ったほうが、結果として早く進みます。効果の測り方と止める条件が無い状態で契約すると、判断のたびに社内で議論が振り出しへ戻るためです。

そもそも作る必要があるかどうかを確かめたい場合は、既製のツールで済む範囲かを先に見ます。「AIエージェントは既製ツールか自作か」に選び分けを書いています。7点が埋まっていれば、この判断も短時間で済みます。埋めた内容は、そのまま要件定義の入力にもなります。項目の対応は「AIエージェントの要件定義」を参照してください。

まとめ:発注前に自社で固める7点

  • 提案がばらつくのは、発注側が前提を示していないため。対象業務、読ませてよいデータ、書き込みを許す範囲、担当部署、費用の枠、測る指標、撤退ラインの7点を先に埋める
  • 対象業務は業務名ではなく、月あたりの件数、1件の所要時間、関わる人数の数字で絞る。個別対応が過半を占める業務は最初の対象から外す
  • データは個別のファイルではなく区分で決める。そのまま読ませるもの、条件付きのもの、対象外のものに分け、混在している保管場所を書き出しておく
  • 書き込みは、参照だけ、下書きまで、確定まで、の3段階で考える。取り消しに手間がかかる処理は人の承認を挟む前提にする
  • 費用の枠は初期と月額を分けて持つ。想定から外れやすいのは月額のほうで、モデルの利用料と手直しの作業が含まれる
  • 指標は着手前の値とセットで決める。比べる相手は着手後には取れない。人が確認や修正にかけている時間を必ず含める
  • 撤退ラインは数字と日付で書く。止めるだけでなく、対象業務を変える、任せる範囲を狭める、という選択肢も併せて書いておく

Augueでは、対象業務の洗い出しから、任せる範囲と撤退ラインの設定、その後の構築と運用までを支援しております。この7点を社内で埋める段階からご一緒できますので、ご興味がある方は是非ご相談ください。

まずは現状をお聞かせください

弊社では具体的な要件が固まっていない段階でも、無料相談で現状をお聞きしていますので、お困りの際はご相談ください。

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よくある質問

この7点を社内で固めるのに、どれくらいの期間を見ておけばよいですか?

一律の日数は出せませんが、時間がかかるのは調べ物ではなく関係者の予定合わせです。対象業務の件数を数える作業と、扱うデータの区分を確認する作業は数日で終わることが多く、残りは業務を持つ部門・システムの権限を持つ部門・費用の決裁者が同じ場に集まれるかで決まります。先に1時間の打ち合わせを2回押さえ、1回目で1〜3、2回目で4〜7を決める形にすると、間延びしにくくなります。

7点のうち、決まらないまま発注先へ相談してよい項目はありますか?

費用の枠と、書き込みを許す範囲の細部は、相談しながら詰めても構いません。前者は相場が分からないと枠を置けず、後者は接続先の仕様によって選べる方式が変わるためです。一方で対象業務と撤退ラインは、社外の意見が入る前に自社で決めておきます。この2つを相手に委ねると、提案の前提が各社で変わり、見積を比べられなくなります。

既存の業務システムを納入したベンダーに相談する場合も、同じ確認は必要ですか?

必要です。接続先の仕様を相手が把握している分だけ話は早く進みますが、対象業務の選定、読ませてよいデータの範囲、撤退ラインは自社でしか決められません。むしろ既存の取引があると、既存システムの延長で話が進み、業務をAIに任せる必要があるかどうかの検討が飛ばされやすくなります。7点を埋めた紙を先に渡し、その前提で提案してもらう形にします。

情報システムを担当する部署が無い会社では、データと権限の確認を誰が行いますか?

社内システムの契約と管理者アカウントを実際に持っている人が判断します。総務や経理が兼ねている場合はその担当者です。判断の材料が足りないときは、利用中のサービス提供元へ、保存先の国、管理者が設定できる権限の区分、外部からの接続に使える口の有無を問い合わせます。この3点は契約者であれば回答を得られる範囲で、外部の支援を待たずに確認できます。