研修を終えても業務が変わらない理由
生成AIの社内研修は、実施そのものは難しくありません。ツールの使い方を説明し、演習を挟み、参加者の満足度も高く出ます。それでも数か月後に業務を見ると、研修前と同じ手順で回っていることがあります。
理由は、研修が扱う範囲と、業務が変わるために必要な範囲がずれているためです。研修で扱うのは「操作の仕方」です。一方で業務が変わるには、自分の担当業務のどこを切り出せるかを決め、指示を書き、出力が想定と違ったときに原因を切り分け、他の人が使える形に整える必要があります。この差は追加の研修では埋まりません。研修を1回増やしても、操作の説明が増えるだけです。
必要なのは、育成の到達点を段階として定義し、段階ごとに何ができれば次へ進むかを決めることです。定義がないまま進めると、「研修を受けた人数」しか進捗として残りません。
到達段階を4つに分ける
非エンジニアがAIを作れるようになるまでを、次の4段階に分けます。段階の名前より、判定の基準の方が重要です。
| 段階 | できるようになること | 次へ進む判定 |
|---|---|---|
| 使える | 決まった作業を、渡された指示や手順に沿って回せる | 同じ作業を1人で3回、手戻りなく通せる |
| 直せる | 出力が想定と違ったとき、指示や入力の側を直して合わせられる | 誤りの原因が指示の書き方か、渡したデータか、工程の分け方かを特定できる |
| 作れる | 自分の業務を工程に分け、繰り返し使える形に組める | 自分が選んだ業務を1本、最初から最後まで組み上げられる |
| 任せられる | 他の人が使う前提で運用でき、業務が変わったときに直せる | 本人以外が使い、出た質問に本人が答えて修正できる |
判定を「できるようになった気がするか」ではなく、成果物と回数で置くのが要点です。理解度は自己申告になりやすく、段階が上がったかどうかの合意が取れません。
使える段階でつまずくのは操作ではない
この段階で止まる原因は、ツールの操作ではなく、扱ってよいデータの範囲が分からないことが多いです。判断がつかない状態では、使ってよさそうな軽い作業にしか手が伸びません。データの扱いに関する社内の判断手順は、育成と並行して整えておく必要があります。判断手順の作り方は 生成AIの社内利用ルールをどう作るか で扱っています。
直せる段階が最も飛ばされやすい
使えるようになった人に、いきなり「自分の業務を自動化してみて」と渡す進め方がよく見られます。この段階を飛ばすと、出力が想定と違ったときに手が止まります。原因が指示の書き方にあるのか、渡したデータが揃っていないのか、そもそも工程の分け方が間違っているのかを切り分けられないためです。
切り分けの練習は、うまく動かない状態から始める方が早く進みます。既にある指示をわざと不完全な状態にして直してもらう、他の人が作ったものの誤りを直してもらう、といった形です。自分で作ったものを直すより、他人の作ったものを直す方が原因の切り分けを言葉にしやすくなります。
作れる段階の判定は「1本を通せたか」
この段階の判定は、対象者が選んだ業務を1本、最初から最後まで組み上げられたかどうかで行います。複数を並行させないのは、途中で止まったときにどこが原因か分からなくなるためです。
対象になる業務は、件数が多くて手順が決まっているものから選びます。判断を多く含む業務は、切り出す範囲を決めるところで難易度が上がります。
任せられる段階は本人以外が使ってから
自分だけが使っている状態は、まだこの段階ではありません。他の人が使い始めると、想定していなかった入力が入り、質問が来ます。それに本人が答えて直せるかどうかが判定になります。ここまで来ると、担当者が変わっても業務が止まりにくくなります。
最初の対象者をどう選ぶか
対象者の選び方で、その後の広がり方が変わります。選定でよく起きるずれは次の3つです。
| よくある選び方 | 何が起きるか | 代わりにどう選ぶか |
|---|---|---|
| 手が空いている人を選ぶ | 題材にする業務が本人の担当ではなく、作っても使われない | 対象にしたい業務を先に決め、その業務の担当者を選ぶ |
| 希望者を公募する | 関心の高い人だけが集まり、業務の偏りが大きい部門が残る | 公募に加えて、件数の多い業務を持つ部門から必ず1名は入れる |
| 各部門から均等に1名ずつ | 題材の難易度が部門ごとにばらつき、進み方が揃わない | 人数を揃えるより、題材の性質(定型か、件数が多いか)を揃える |
対象者の人数は、判定を続けられる規模に収めます。段階の判定は成果物を見る作業なので、対象者が増えるほど判定側の負荷が上がります。判定が追いつかなくなると、段階の定義が形式だけになります。
現場業務と並走させる
育成を業務から切り離すと、研修と同じ結果になります。並走させるための条件は3つです。
題材を実際の担当業務にする。 演習用の架空データでは、例外の扱いが出てきません。実務では、月に数件しか起きない例外や、担当者が経験で処理している部分が必ずあります。この部分に当たった経験が、次に自分で作るときの判断材料になります。
時間を業務時間の中に確保する。 空いた時間でやってください、という形にすると、繁忙期に止まります。止まった期間が長いと、操作から思い出し直すことになります。
詰まったときに聞ける相手を決めておく。 誰に聞けばよいか分からない状態は、そのまま中断につながります。聞く先は社内でも外部でも構いませんが、決まっていることが条件です。
なお、育成にかけた時間は工数として発生します。内製に切り替える判断をする場合は、この時間を含めて外注費と比べます。工程ごとの費用の見方は AI開発は外注か内製か で整理しています。
伴走を外したあとに自走が続く条件
外部の支援や社内の推進担当が離れたあと、活動が止まるかどうかは、離れる前の状態で決まります。次の4つが揃っているかで見ます。
- 次の題材を本人が選べる。 何を作るかを提示されている状態は、まだ自走ではありません
- 同じ部門に2人目がいる。 1人だけの状態は、異動や退職でそのまま止まります
- 直した履歴が残っている。 何を、なぜ直したかが残っていないと、次の担当者は最初から作り直します
- 判定する人が社内にいる。 段階を上がったかどうかを外部が判定していると、離れた時点で基準が消えます
この4つのうち、抜けやすいのは2人目と履歴です。1人が作れるようになった時点で成果が出るため、そこで支援を終えてしまうことがあります。作れる段階と任せられる段階を分けているのは、この違いを見えるようにするためです。
育成計画に落とす
計画として決めるのは、研修の回数ではありません。次の項目です。
- 段階の定義と、各段階の判定基準(自社の業務に合わせて言い換える)
- 最初の対象者と、その人が題材にする業務
- 業務時間の中で確保する時間と、詰まったときの相談先
- 判定を誰が、どのタイミングで行うか
- 2人目に広げる時期と、その判断の材料
この5つが決まっていれば、研修を追加するかどうかは手段の選択になります。逆に決まっていない状態で研修を増やすと、受講者数は増えても業務は変わりません。体制の側から組み立てる進め方は AI内製化の進め方 で全体像を扱っています。
まとめ:育成を業務の変化につなげる要点
- 研修を追加しても、操作の説明が増えるだけで業務は変わらない。到達段階と判定基準を決める方が先
- 段階は使える・直せる・作れる・任せられるの4つに分け、判定は成果物と回数で行う
- 直せる段階を飛ばすと、出力が想定と違ったときに手が止まる。他人が作ったものを直す練習が効く
- 対象者は手が空いている人ではなく、題材にしたい業務の担当者から選ぶ
- 伴走を外す前に、次の題材を本人が選べる状態、2人目、直した履歴、社内の判定者を揃える
Augueでは、社内でAIを作れる人を育てるための伴走支援を行っており、段階の定義と判定基準の設計から、実際の担当業務を題材にした並走までを一体で進めています。自社の育成計画をどこから組み直すか検討されている方は、是非ご相談ください。
関連する記事
内製化の体制づくり全体は AI内製化の進め方、育成にかけた工数を含めて外注と比べる場合は AI開発は外注か内製か を参照してください。
よくある質問
段階を上がるまでにどれくらいの期間がかかりますか?
一律の期間は出せません。題材にする業務の発生頻度に左右されるためです。月1回しか起きない業務を題材にすると、3回通すだけで3か月かかります。期間を見積もるなら、対象者が選んだ題材が月に何件発生するかを先に数えます。件数の多い業務から始めた場合と、月次業務から始めた場合では、同じ到達点までの時間が数倍変わります。
外部の研修サービスは使わない方がよいですか?
使う場所を限れば有効です。向いているのは、参加者の前提知識を揃える部分と、ツールの基本操作を一度に伝える部分です。一方で、どの業務を題材にするか、段階を上がったと判定するかどうかは社内でしか決められません。研修を入れる場合も、題材の選定と判定は社内に残す形にします。
情報システム部門とはどう役割を分けますか?
扱ってよいデータの範囲、外部サービスとの接続、アカウントと権限の管理は情報システム側が持ちます。業務側が持つのは、手順を指示として書くこと、出力の誤りを見つけて直すこと、業務が変わったときに直すことです。この線を先に引いておかないと、業務側が権限の判断まで抱えて止まります。
育成の段階を人事評価や社内資格に紐づけるべきですか?
紐づける前に、判定が成果物で行えているかを確認します。評価に直結させると、判定が甘くなるか、逆に申告をためらう方向へ働きます。まずは段階の定義と判定の記録を半年ほど運用し、同じ基準で複数人を判定できることを確かめたうえで、制度に載せるかを決める順序が無理がありません。
