NDAは他の契約と条件が違う
秘密保持契約は、契約の中では機械に寄せやすい部類に入ります。理由は3つあります。
1つは、扱う論点が限られていることです。金額の交渉も、納期も、検収の条件もありません。読む対象は秘密情報の扱いに関する条項だけです。
もう1つは、件数が多いことです。取引の検討を始めるたびに1件発生し、同じ相手と複数回結ぶこともあります。1件あたりの労力は小さくても、まとまった時間を取ります。
3つめは、締結を急ぐことです。NDAを結ばないと打ち合わせの中身に入れないため、事業側からは「今日中に」という依頼が届きます。法務のレビュー列に並べると、他の契約より優先度が高いわけではないのに、催促だけが強い依頼として滞留します。
この3つが重なると、実務では「読まずに押す」か「読んで遅れる」のどちらかに寄ります。差分を機械側で出しておけば、読む対象が数行に絞れるため、この二択から抜けられます。
契約書全般のレビューをどう工程に分けるかは 契約書レビューをAIで自動化する で扱っています。この記事はNDAに絞り、ひな形との突き合わせと、事業部門で回せる範囲の線引きを見ていきます。
入り口を2つに分ける
NDAが手元へ来る経路は2つあり、必要な処理が違います。ここを分けずに1本の流れで組むと、片方の精度が上がりません。
自社ひな形を相手方が修正して返してきた場合は、基準が確定しています。条項の構成も番号も同じなので、修正された箇所がそのまま論点になります。差分の数はたいてい数か所で、判定の対象がはっきりしています。
相手方のひな形が届いた場合は、比べる前に対応付けが要ります。条項の順序も、見出しの付け方も、1条にまとめる粒度も自社ひな形とは違います。ここで機械に渡すべき作業は「差分を出すこと」ではなく、まず「自社ひな形のどの条項に当たるかを対応付けること」です。
対応付けができると、差分は3種類に分かれます。文言が違う条項、自社ひな形にあって相手方に無い条項(欠落)、相手方にあって自社ひな形に無い条項(追加)です。実務で見落としが起きやすいのは3つめで、目的外使用の禁止のような主要な条項ばかり見ていると、相手方が足した競業避止に近い条項や、成果物の権利に関する条項を素通りします。
文字列の差分をそのまま出す方式では、相手方ひな形の側が扱えません。条項の意味の単位で対応付ける処理を入り口に置きます。
条項を見る順番と、判定の基準
条項は等価ではありません。締結の可否を左右する条項と、揃っていれば通せる条項があります。並べ方を決めておくと、差分が10か所出ても読む順番で迷いません。
| 見る条項 | 何と比べるか | 外れていたときの扱い |
|---|---|---|
| 秘密情報の定義 | 口頭開示を含むか、書面での特定が必要か | 範囲が狭まる方向なら事業部門が判断、除外事由が広い場合は法務 |
| 目的の記載 | 今回の取引の内容と一致しているか | 目的が広すぎる/狭すぎる場合は事業部門が実態に合わせて戻す |
| 目的外使用の禁止 | 自社ひな形の文言があるか | 欠落・弱められている場合は法務 |
| 開示できる範囲 | 役員・従業員に加え、委託先・専門家を含むか | 委託先へ出せない条件は、実際の進め方と照らして事業部門が判断 |
| 一方的か相互か | 自社が受領側のみか、双方向か | 自社が開示側にもなる取引で一方的な内容なら法務 |
| 存続期間 | 契約期間と、終了後の義務が続く年数 | 期間の長短は事業部門が判断、無期限の定めは法務 |
| 返還・破棄 | 通知後の対応期限と、控えの保持を認めるか | 社内の保存規程で守れない条件は法務 |
| 損害賠償・差止 | 賠償額の上限、差止請求の定め | 上限の定めが無い、または一方的な場合は法務 |
| 準拠法・裁判管轄 | 日本法か、管轄がどこか | 海外法・海外管轄は差分の大小によらず法務 |
| 反社会的勢力の排除 | 自社ひな形の条項があるか | 欠落していれば追加を依頼 |
この並びで上にあるものほど、契約の中身を左右します。下の3つは判定が単純で、機械側で確定して構いません。
表の各行で判定が分かれるのは、条項の有無ではなく程度です。たとえば存続期間は、自社ひな形が3年なら5年の提案は受けてよいことが多く、無期限は法務が見ます。この「どこまでなら受けてよいか」を条項ごとに書いておかないと、機械は差分を並べるだけで、読む側の作業は減りません。ひな形の条文と一緒に、条項ごとの許容範囲を1〜2行で書いた注記を持たせます。
差分に3つの区分を付けて渡す
差分を出したあと、そのまま一覧で返しても受け取った側は全部読むことになります。区分を付けて、読む人を分けます。
区分の付け方は、条項ごとの許容範囲との照合で決まります。許容範囲の中に収まっていれば「そのまま締結へ」、収まっていないが交渉で動かせる性質のもの(開示範囲や期間の長さ)は「事業部門が戻す」、契約の効力や紛争時の扱いに関わるものは「法務が判断する」です。
判定できなかった差分は、3つのどれにも入れずに法務へ寄せます。「判定不能」を「差分なし」と同じ扱いにすると、読み取りに失敗した条項が締結まで抜けます。
修正案の下書きは、どこから文言を持ってくるか
差分を指摘するだけでは、事業部門は相手方へ返す文章を書けません。かといって、相手方へ出す文言をその場で作文させると、自社が使ったことのない表現が社外へ出ます。
現実的な線引きは、下書きの出所を制限することです。
- 指摘だけを返す……差分の内容と、なぜ問題になるかを書く。文案は付けない
- 自社ひな形の該当文言を貼る……その条項について自社が使っている文言をそのまま示す。相手方ひな形が届いた場合の基本形
- 相手方の文言に合わせて調整した案を作る……条番号や定義語を相手方の書き方に合わせて書き換える
3つめまで進めても、新しい義務を作る文言をAIに考えさせる必要はありません。自社ひな形にある文言を、相手方の契約書の書き方へ移し替えるだけの作業に限定します。ひな形に無い論点が出てきた場合は、下書きを作らず法務へ渡します。
送信の前に人が確認する点も動かしません。下書きの生成と、社外へ送ることは別の操作にしておきます。この分け方は他の業務でも同じで、下書きまでを機械が持ち、外に出す判断を人が持つ構成については AIエージェント開発の進め方 で全体像を扱っています。
事業部門で回し始めてよい条件
NDAのレビューを事業部門へ渡せるかどうかは、AIの精度ではなく、事前に決まっているものの量で決まります。次が揃っていれば、法務を通さずに戻す運用を始められます。
- 自社ひな形が1つに定まっていて、版が管理されている
- 条項ごとの許容範囲が書かれていて、どこからが法務案件かの線が引いてある
- 「法務へ回す」に該当した場合の受け渡し先と、返答の期限が決まっている
- 締結した内容が記録として残り、後から条項単位で確認できる
- 例外を認めた場合に、誰が承認したかが残る
逆に、ひな形が部署ごとに分かれている状態で始めると、どの版と比べた差分なのかが分からなくなります。差分の出力そのものは動くため、間違いに気付くのは締結後です。ひな形の整理を先に済ませます。
法務が残す確認をどこに置くか
事業部門で回し始めても、法務が手を離す部分と持ち続ける部分があります。持ち続けるのは次の4つです。
締結の可否です。差分がすべて許容範囲に収まっていても、相手方の属性や取引の内容によっては結ばない判断があります。ここは差分の判定とは別の軸です。
譲れない条件の確定です。目的外使用の禁止をどこまで緩められるか、存続期間の下限をどこに置くかは、条項ごとの許容範囲としてあらかじめ決めておく作業になります。この表を書き換えられるのは法務だけにします。
例外の承認です。許容範囲から外れた条件を、今回の取引に限って受け入れる判断です。承認した理由を記録に残しておくと、次に同じ相手から同じ条件が来たときに繰り返し判断せずに済みます。
抜き取りでの確認です。事業部門で締結したものから一定数を選んで、判定が妥当だったかを見ます。全件を見る必要はありませんが、確認をやめると許容範囲の表が実態から離れていることに気付けません。
「AIが指摘しなかったこと」を、問題がない根拠として扱わない点も変わりません。判定は自社ひな形と許容範囲に照らした結果であって、契約全体の妥当性を保証するものではありません。
記録は締結後の管理へつなぐ
NDAは締結した時点で終わりではありません。存続期間が続く限り義務が残り、目的の記載が変わればその範囲も変わります。
レビューの過程で扱った値は、締結後の管理でそのまま使えます。相手方の名称、締結日、契約期間、終了後の存続期間、目的の記載、返還・破棄の条件、準拠法と管轄です。レビューの出力からこれらを台帳へ渡す形にしておくと、締結後に契約書を開き直して入力する作業が消えます。締結後の管理は 契約書の管理台帳と更新期限をAIで管理する で扱っています。
記録として残す単位は条項です。どの条項にどの差分があり、どう判定し、誰が採否を決めたかを条項に紐づけて残します。差分の一覧をファイルとして保存するだけでは、後から条件を検索できません。
秘密情報を扱う仕組み自体の取り扱い
NDAのレビューでは、契約書そのものが秘密情報にあたる場合があります。相手方の名称や取引の目的が本文に書かれているためです。仕組みを作る前に、次の3点を決めておきます。
入力したデータが学習に使われない設定になっているか。誰がその契約書を開けるか(レビュー中と締結後で権限が変わることがあります)。そして、保存期間をどう定めるかです。
既存のNDAで「開示できる範囲」に外部サービスの利用が含まれていない場合、締結済みの契約に対して新しい仕組みを適用してよいかは別途確認が要ります。新規の契約から順に適用範囲を広げる進め方が扱いやすいです。社内の文書をまたいで参照する仕組みでの権限の扱いは 社内文書検索をAIで横断する でも触れています。
まとめ:NDAレビューをAIで自動化するときの要点
- NDAは論点が限られ、件数が多く、締結を急ぐ性質があるため、差分の抽出を機械へ寄せる効果が出やすい
- 入り口は「自社ひな形への修正」と「相手方のひな形」の2つに分ける。後者は比べる前に条項の対応付けが要る
- 文字列の差分では相手方ひな形を扱えない。条項を意味の単位で対応付け、欠落と追加も差分として出す
- 見る条項には順番を付ける。秘密情報の定義・目的・目的外使用・開示範囲が上位で、準拠法や反社条項は判定が単純
- 条項ごとに「どこまでなら受けてよいか」の許容範囲を書いておく。これが無いと差分を並べるだけで作業は減らない
- 差分には「そのまま締結へ」「事業部門が戻す」「法務が判断する」の区分を付けて渡す。判定できなかったものは法務へ寄せる
- 修正案の下書きは自社ひな形の文言から持ってくる。新しい義務を作る文言は作文させず、ひな形に無い論点は法務へ渡す
- 事業部門で回せるかは、ひな形が1つに定まり、許容範囲と受け渡し先が決まっているかで判断する
- 法務は締結の可否、譲れない条件の確定、例外の承認、抜き取りでの確認を持ち続ける
- レビューで扱った期間や目的の値は締結後の管理台帳へ渡す。記録は条項単位で残す
Augueでは、判定の基準を社内の文書として持ちながら、差分の抽出や下書きの生成を既存の業務の流れに組み込む形での開発に対応しています。自社のNDAレビューをどこまで事業部門で回せるか整理したい方は、是非ご相談ください。
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契約書全般の一次レビューの設計は 契約書レビューをAIで自動化する、締結してからの期限管理は 契約書の管理台帳と更新期限をAIで管理する、任せる範囲をどう決めるかは AIエージェント開発の進め方、判定の合格ラインの引き方は AIエージェントの精度をどう評価するか、外部サービスを社内で使う前の確認は 生成AIサービスのセキュリティ審査をどう通すか を参照してください。
よくある質問
NDAのレビューを始めるとき、最初に用意するものは何ですか?
自社ひな形の最新版と、その各条項について「なぜその文言なのか」を1〜2行で書いた注記です。注記が無いと、差分が出たときに受け入れてよいかを機械側でも人側でも判定できません。ひな形が複数の版に分かれている場合は、どれを基準にするかを先に1つ決めます。過去の締結済みNDAは、後から判定の確かめに使えるので集めておくと役に立ちます。
英文のNDAも同じ仕組みで扱えますか?
条項を対応付けて差分を出すところまでは同じ形で扱えますが、基準にする英文ひな形が別途必要です。和文ひな形を訳して基準にすると、訳の揺れが差分として出続けます。また準拠法や裁判管轄が海外になる案件は、差分の有無にかかわらず法務へ回す扱いにしておくのが無難です。
紙で届いたNDAやスキャンしたPDFはどう扱いますか?
読み取りの工程が1つ増えます。条番号や項番号がずれると条項の対応付けが崩れるため、読み取り結果を条項の単位に整形できているかを確認してから差分の判定へ渡します。読み取りに失敗した箇所を空欄のまま流すと、条項の欠落と区別がつかなくなるので、読めなかったことが分かる形で残します。
ひな形の整理と許容範囲の設定には、どれくらいの作業量を見込めばよいですか?
一律の目安は出せません。分量は条項の数ではなく、社内でひな形が何通りに分かれているかと、過去に例外を認めた条件が記録に残っているかで変わります。残っている作業量を測るなら、現在使われているひな形の版がいくつあるか、条項ごとの許容範囲が文書になっているか、直近に締結したNDAのうち自社ひな形から始まったものの割合を数えます。
既に締結済みのNDAも遡って点検すべきですか?
レビューの仕組みとは分けて考えます。締結済みのものに対して差分を出しても契約は変わりません。遡って見る価値があるのは、存続期間が切れる時期と、目的の記載が現在の取引と合っているかの2点で、これは管理台帳側の話になります。点検するなら、現在も取引が続いている相手から先に見ます。
